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ツカヤの徒然

人はやっぱり優しい!!

お店で、探し物を見つけようと探しても見つからないとき、店員さんに聞くと快くその場所まで案内してもらえる。
当たり前といえば当たり前のような光景。

でも、そのお店に関係のない物について尋ねても、快く教えてくれて地図まで描いてもらえる。
そして笑顔で見送ってもらえる。

そのようなことを、この一日でたくさん経験させていただきました。



そんな一日を通して、人は他人に手を差し伸べることが出来て、それは普通なことで、人の種(プログラム)の中にソレは最初から書き込まれているように思えるのです。

ヒトはもともとそのような存在で、本来優しいものだと、そう思うのです。





自分に花丸

僕たちは仕事や生活を通じて、日々いろいろなことに携わり、いろんな何かを生み出していっています。


自分が携わることによって、自分を通じて現れてくるものがあるわけで、
僕たちは日々、毎瞬毎瞬創造を繰り返していると思うのです。


意識的になって、日々自分に起こることを見ることで、生み出しているものを知ることができるように思います。



今日、自分が喜びに満ちていたか?

今日、自分の周りに笑顔が溢れていたか?

なによりも、自分がこの瞬間に満ち足りているのか?



ちょっと寝る前に、自分の一日を見てみませんか?


そして生み出したものによって喜びをみることができたら、ぜひ自分に花丸をつけてあげてください。いっぱいいっぱい花丸をつけてあげてください。

満ち足りた貴方がいることで、素晴らしい喜びの花が、きっと咲くはずですから!!

ダルシャン行ってきます♪


2月1日はアーリーハウスにて、ダルシャンが開催されます。

今年になって初めてのダルシャン。

とても楽しみです。

成就の祝祭を楽しんできます!!



成長をはかるには?

成長をしていくと、気づきがどんどん深まるそうです。
より精妙なところがわかるようになるようです。

この、気づいているということ、気づきの意識の成長をはかる一つの見方として
願望実現のスピードを見るということがあります。

どんなに自分で頑張っていても、自然からの支援を受けているのと受けていないのでは、やっぱり速さに違いが出ますよね♪

成長・進化して精妙になればなるほど、必ず支援を受けるようになります。

なので、願望実現のスピードがひとつの見方になるそうですよ♪


気になるヒト



最近気になるヒトがいます。

その方は透明感に溢れ、とても純粋です。
そして、ひとつひとつをきちんと行うことの出来るヒト。
継続することができ、そしてそのことをとても楽しんでいます。

そうそう、部屋はいつも奇麗になっているんです。
思考の汚濁がこれっぽっちもないんだと思います。


「あの透明感は自分にはないな〜。」
そんなことを思っている自分がいます。


おっと、いけない!

トコトワの人生十ヶ条
「自分を他人に比較しません。」

ですね♪


「他人の中に善を見る」ということについて
聖マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー様の「金言集」の中に
そのことについて書かれています。

金言集をお持ちの方は、ぜひ読んでみてくださいね。


最近気になるあのヒトの純粋さ。
見習いたいと思います。

頑張っているあなたへ

多母さんに出会って
学ばせてもらって
育んでもらって

そして、仲間に出会って
繋がりをいただいて

本当に有り難いです。

遠方には、なかなかコース等に参加できない
仲間もいます。

そんな仲間に届けたい物が、思いがあります。

必ず作りますので、もうちょっとだけ待っててね。


遠くで頑張っている、あなたへ

自分に出来ること!?

日が昇り一日が始まります。
似たようではあるけれども、まったく違う新たな一日。

いろんな出来事がその一日の中にはあり、いろんなものがもたらされています。

「いいこと」と表現される「自分の好きなこと」や
「悪いこと」と表現される「自分の嫌いなこと」。

「得意」と表現される、経験を重ねてきたものや
「苦手」と表現されるまったく未経験なもの。

いろんなことが一日の中には起ります。
いろんなことがもたらされます。

このいろんなあれこれは、自分に足りないものがトレーニングとして
もたらされているのかもしれません。

だから選ばずにやるように心がけています。


最近、自分にどうこうできることって、ないのかもしれないと思うようになりました。
気に入らないから選び直したいと思っても、どうにもできません。

信頼がないから・・・、エゴゆえに選択しようとしているのかもしれません。
それは、余計な回り道をしていることになるのかもしれません。

だから、もたらされるもの自体をどうこうすることは出来なくて
自分にどうこうできるのは、それをどのようにやったかという
「内容」だけなのかもしれません。


今日はちょっとそんなことを思いました・・・。
徒然に書き留めてみました・・・。


感受




先日3日間程、台湾へ行ってまいりました。
成田空港から台北までは、だいたい飛行機で3時間くらいです。

途中、機内から富士山が見えましたので、撮影してみました。上の写真がそのときのものです。
いや〜、ここまでハッキリと富士山の姿を見たのは、人生至上初かもしれません。なんだか、とても嬉しくなったことを覚えています。


今回の訪問も含めて、台湾は数回行ったことがあるのでだいぶ慣れてはきましたがいまだに言葉は喋れないし、何を言っているのかもわかりません。

言葉は、音からできていて、その音によって物を指し示していますよね。
バラという音を聞いたら、すぐバラの映像がでてきて認知されるわけです。

だから海外でその国の言語でバラを表す音を発せられても、バラと結びつかなければその音が何を意味しているのかわからないですよね。頭ではわからないわけです。

でも、音の意味がわからなくても、何を言おうとしているのか、何となくわかるときがありますよね。

「これって、何なのかな〜?」なんて思っていたわけです。

で、気づいたのですが、これは頭でわかることではなく、心で感じたから相手が何を言っているのか察することができると思ったのです。

感受によって、相手の言っていることを感じたと思うのです。


お互いが感じることによって成り立つコミュニケーションを、今回の台湾の地にて経験してきました。

悩んでいる自分って?



「う〜ん、う〜ん」と悩んでいるときってありますよね。

その「う〜ん」をじ〜と見てみると、僕の場合けっこう具体的じゃないことが多かったのです。具体的なことであれば、次の行動をとれたように思うのです。
より具体的、リアルであればあるほど、つまり目覚めていれば、「う〜ん」はよりハッキリしてくるように思います。


「悩んでいる」ことって、実は「悩んでいる感覚」のように思えます。
ほとんどが印象・心象なのかもしれません。昔からもっている感覚や癖のようにも思えます。

試しに、おもいっきり笑ってみてください。
笑い終わったあとに、悩みって無くなっていませんか?
無くなっていなくとも、どうでもよいことのように思えていませんか?

「夜空の星を見ていたら、自分のちっぽけな悩みなんてどうでもよくなっていた。」
なんて話をよく聞きますよね。
でも、星と悩みに関係性はないのですが、悩みは消えているのです。
悩んでいたという感覚がなくなっているように思えます。


だから、悩んでいる「自分」なんていないんですよ、きっと!
悩んでいる感覚があるだけで、「自分」が悩んでいるわけではないのですよ、きっと!

だって、僕たちの本質は、喜びに満ちあふれているもののはずですから♪

「悩む」と「考える」の違い




「『悩む』と『考える』の違いって何?」
そう問われた時、以前は「???」でした。

でも、この違いに気づいたときがありました。

その違いは・・・

「行動に結びつくかどうか」でした。

悩んでいるときは、ダメな理由などがグルグル頭の中を回っているだけですが
考えているときは、何かしら次のアクションに結びつきます。

一例ですが
悩んでいるときは、最終的には疲れて悩むことが終わるのですが
考える場合は、一応結論がでます。
それが「わからない」という結論であっても、そこで終わります。
そして、次に「じゃあ、誰々に聞いてみよう!」となります。

このことに気づいたときに、今まで考えていたつもりだったものは悩んでいただけだということがわかりました。

作業中に考えるときに悩んでいたわけですから、そりゃあ〜効率もあがらなかったわけです。
納得、納得です。

もし、頭がグジャグジャしだしたら、ちょっと一息いれて、そのグジャグジャを見てみてください。きっと違いがわかると思いますよ。

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